大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和59年(行ツ)321号 判決

大阪市東淀川区小松一丁目一五番一八号

上告人

東洋製鉄株式会社

右代表者代表取締役

音頭直次

右訴訟代理人弁護士

大槻龍馬

谷村和治

安田孝

平田友三

大阪市淀川区木川東二丁目三番一号

東淀川税務署長

被上告人

小池喜芳

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五八年(行コ)第六〇号更正請求拒否通知処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五九年八月三一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大槻龍馬、同谷村和治、同安田孝、同平田友三の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官会員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 木下忠良 裁判官 監野宜慶 裁判官 大橋進 裁判官 島谷六郎)

(昭和五九年(行ツ)第三二一号 上告人 東洋製鉄株式会社)

上告代理人大槻龍馬、同谷村和治、同安田孝、同平田友三の上告理由

原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があるので破棄されるべきである。

以下その理由を述べる。

一、原判決は、国税通則法第二三条二項一号にいう「判決」には刑事事件の判決は含まれないと解するのが相当であるとし、次のように判示する。

すなわち、同号の趣旨は、同条一項に定める一般の更正の請求の例外である後発的事由による更正の請求ができる場合のひとつとして、申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実関係について民事上の紛争を生じ、判決や和解によってこれと異なる事実が明らかにされたため申告等に係る課税標準等又は税額等が過大となった場合に、更正の請求を認めようとするものである。

したがって、右にいう「判決」とは、申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基盤となった事実についての私法行為又は行政行為上の紛争を解決することを目的とする民事事件の判決を意味し、犯罪事実の存否範囲を確定するに過ぎない刑事事件の判決はこれに含まれないものと解するのが相当である。

と云うのである。

二、然しながら、法が更正請求を認めようとする趣旨は、本来課税権は所得が存在して始めて発生するものであるから、申告納税制度の下において納税義務者の申告により一応その内容は確定しても、これに誤りがあることが明らかとなり、事実の変化が顕在化した場合には一定の期間内にその是正を認めるのが公正であると云うことに帰着するものであり、右期間経過後でも後発的事由により誤りが明らかとなった場合、すなわち、確定判決により計算の基礎となった事実の変化が顕在化した場合にはその過誤の是正を認めようとするものである。

従ってその場合、誤りが民事紛争に基因するものか否かとか、誤りであったことの確定方法が民事裁判手続によるか、刑事裁判手続によるか等によって左右されるべき筋合ではないものである。

すなわち、更正請求制度が事実の変化の確定による過誤の是正にあるものとすれば、その原因が民事判決にあるか、刑事判決にあるかによって区別されるべき合理的理由はなく、またこのように解することは同法二三条二項一号の文理にいささかも反するものではないと考える。

同法二三条二項一号が、後発的事由について「その申告、更正又は決定にかかる課税標準等又は税額等の基礎となった事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む)」と例示的に規定したのは、納税義務者による申告の更正請求を無制限に認めることは租税法律関係を従らに不安定とするので更正請求には一定の制限を課すが、裁判所のような司法機関の手続を経た場合には広くこれを認めようとする趣旨に他ならないのであって、これを民事紛争に関する判決にのみ限定すべき文理上及び理論上の理由は全く存しないのである。

被上告人は、本件更正の請求を認めない理由として刑事事件の判決は犯罪事実の存否を確定するためのものであって課税権の存否範囲を確定する効力はない旨主張する。

もちろん、刑事裁判は、犯罪事実の存否範囲を確定するものではあるが、その内容としてまさしく申告に係る当該事業年度の課税標準又は税額計算の基礎となった事実が検察官の訴えによって争われ、これが厳格な証明によって確定されるものであることは多言を要しないのであり、このようにして確定された課税標準又は税額の計算の基礎となる事実が申告と相違していることが判決によって確定された場合には、その是正の道を開くのが当然と云わなければならず、同号にいう「判決」から刑事事件の判決を敢えて除外すべき合理的理由は認められないのである。

まして、本件においては上告人会社代表者は、査察官から修正申告を強要され会社の帳簿類が押収されていて正確な金額が判らなかったが、査察官に教示された金額をその言うままに記載した修正申告書を被上告人に提出して修正申告をしたというものであり、その後の刑事裁判手続において昭和四六年五月一日の期首原材料簿外棚卸高が争点となって、大阪地方裁判所の昭和五四年八月二七日言渡しの判決により漸くこれが金一一五万円ではなく金一、四八一万一、九九四円であると確定されるに至り、右判決は同五六年一月二七日確定したという経緯があるのである。

従って、本件においては代表者の真意に反して提出された修正申告に関し、当該事業年度の課税標準又は税額の計算の基礎となった事実に関する訴えについての刑事判決により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したのであるから、右刑事事件の判決は同法二三条二項一号の「判決」に該当するものとして当然更正請求が認められるべきものであり、これが認められないとすれば納税者が納税義務がないのに誤った税負担を課されると云う不当な結果が救済されない事態を招来することになり、著しく正義に反することとなるのである。

同法二三条二項は、第二号において「課税物件の帰属が変更された場合」について、また、第三号において「その他当該国税の法定申告期限後に生じた前二号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき」について、その事由が生じた日の翌日から二月以内に更正請求ができるものとしているのであり、合理的理由がある限り更正の請求を認めようとするのが、同条の立法趣旨と考えられるのである。

三、なお、同じ法人の事業年度の所得について二つ異なった課税標準が存在するという不当な結果を招来することに関連して、原判決も第一審判決事実適示の最高裁判例を引用しているが、掲記の最高裁昭和三三・四・三〇判決は、法人税法四八条三項の法意に関し、「逋脱犯があった場合において、その逋脱税額が未徴収であるときは、徴税庁は直ちにその課税標準を更正又は決定して、その税金を徴収すべきことを規定したに止り、この場合徴収庁は刑事裁判の確定した 脱税額に拘束され、その額のみを徴収すべく法人税法(改正前のもの)四三条の追徴税の徴収を許さない趣旨と解すべきものではない」旨、すなわち、「徴税庁が課税標準を更正又は決定するについては、必ずしも刑事裁判の確定した逋脱税額に拘束されるものでない」旨判示したものに過ぎず、右判決はもちろん本件のような後発的事由に基づく更正請求による調整という事案、すなわち、国税通則法二三条二項一号にいう「判決」に刑事判決が含まれるか否かという問題にまで、その射程距離が及ぶものではなく、本件には適切な判例ではない。

また、右同様原判決の引用する最高裁昭和三三・八・二八判決も、法人税法の逋脱犯において課税庁のなした追徴税(現行重加算税)の課税に関し、「逋脱事犯に対する裁判のあった場合、所論課税標準が裁判によって確定された事実によって拘束且つ決定されるという制度は採用されてはいない。」旨判示し、前記判例を踏襲したもので、前記判決同様本件に適切な判例ではない。

四、依って、同法二三条二項一号の「判決」を民事紛争に関する民事判決に限定し、刑事判決は含まれないとした原判決の判断は同号の文理に則したものとは言えず、またその立法趣旨、目的から同号を合理的に解釈したものとも言えないのである。

すなわち原判決は、同号の趣旨内容を正当に理解しない結果同号を本件事案に不当に適用しなかったものであり、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があるので、原判決を破棄し、正当な判決を求めるため、本件上告に及んだ次第である。

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